二つの博物館〜印刷博物館
〜川越市立博物館
私は文京区にある印刷博物館と地元の川越市立博物館に行きました。
印刷博物館は、視聴覚メディア論の授業の実習で行ったのですが、大変面白かったので
それについてまとめます。
トッパン小石川ビルの印刷博物館は、首都高速に面した場所にあり、
飯田橋駅からも江戸川橋からも徒歩だと結構時間がかかる。
近代的な立派なビルで、館内は適度に冷房が効いていて心地よい。
また上下の空間が広く開放的である。博物館の内外には芸術家によるアートも飾られていて、
文化的で神秘的な雰囲気を醸し出していた。
私は印刷博物館というと、グーテンベルクの活版印刷改良後の、印刷術で作られた本や雑誌、
新聞、チラシや活版印刷の機械だけが展示してあるような印象があった。
しかし、トッパンの印刷博物館ではコミュニーケーション・メディアとしての印刷に着目して、
活版印刷普及以前のコミュニケーション・メディアの歴史についても多く触れている。
例えば、ラスコーの洞窟壁画やエジプトの死者の書、ハンムラビ法典などに始まり、
日本の百万塔陀羅尼や家康が作らせたとされる駿河版銅活字組版、羊皮紙(パーチメント)に
書かれた写本、活版印刷による本や近代のデジタル時代における印刷など、全部で99点に及ぶ
資料が、プロローグ展示ゾーンの高さ3m、長さ40mの壁面に貼り付けてある。
それらのほとんどは、原寸大のレプリカで見学者は手で触ることができる。
またその壁面の展示の下ちょうど足元から80cm〜1m位のところにはくぼみがあり、
それぞれの時代・地域の人が洞窟壁画や石碑、木版画、活版印刷を作っている精巧な
ジオラマが点々と展示されている。
学芸員の説明によれば、このくぼみの位置は、車椅子の人の目線であってちょうど見やすい位置に
ジオラマを置くように設計したのだそうだ。
画廊のような通路には、4つの井戸のような形を
したものがあり、それを覗くと下には画面が映っている。古代のいろんな文字が、
跳ねたり躍ったりしている映像で、それを見ているうちに愉快になってくる。
学芸員の説明も専門家の視点から捉えるという風でなく、万人に興味を持たせるような話を
してくださったので聞いていて面白かった。
プロローグ展示ゾーンの次の空間は総合展で、手の形に凹んでいるところに手を当てると
説明が始まったり、木版画を刷る手順を短く分けて画面に流していたり、版画の巨大なノミの絵
の脇になぜか昔の顕微鏡があってそれを覗くとノミが見えたり、三半規管がおかしくなりそうな
錯覚を起こす絵が何枚も展示してあったりと、とても興味をそそられた。
床はフローリングで、展示ケースも木目調で暖かい雰囲気がある。
展示ケースは直方体のガラスケースを使っていず、紙の資料を挟み込むようなガラス板一枚である。
直方体のガラスケースは宝石商が宝石を厳重に守っているような固くこわごわした緊張感を与えるが、
この博物館は全体的に落ち着いている。なにより非常にセンスがいい。
これは学芸員だけの手によるものではなく、デザイナーに協力してもらったのではないかと思う。
博物館にはそうした展示物を上手く見せる工夫も必要である。
活版印刷の機械も奥のほうに数台展示してあったが、―多分これがメインじゃないかと
私は思ったのだが―この機械などによって生み出される、質が高く美しい鮮やかな出版物に対し、
色がうす暗いので、そこを見ている人はあまりいなかった。
この博物館にはVRシアターがあり、唐招提寺の建造物をバーチャルリアリティで見せていただいた。
曲面のスクリーンに映し出される映像はスーパーコンピューターを駆使したもので、
ゲーム機のコントローラーのようなものを操ると、視野が動いていく仕組みになっている。
立体的で本物顔負け、実際に奈良に行った気分になる。現在、唐招提寺は10年間かけて行う
修理工事の最中であるし、寺の内部は数年に数日だけ人々に公開するだけというから、
VRシアターはそこに居ながらにして貴重な体験ができ、非常に素晴らしいと思う。
また、私は時間がなくて参加できなかったのだが、プロローグ展示ゾーンと総合展示ゾーンの間に
印刷工房「印刷の家」がある。ここは、活版印刷で実際に印刷することができる体験コーナー
である総合展示ゾーンとは全面のガラス張りで区切られていて、総合展示ゾーンから体験している
人たちを覗くことができることから、「印刷の家」は体験する人も含めて、展示物になっている
ように思う。
大量にあったレプリカについての私の見解はこうである。非常に貴重なので見るだけですよ
という博物館より、これはレプリカですが本物じゃありませんから存分に(壊さない程度に)触感を
確かめてくださいね、という博物館のほうが、一般人には楽しく、学び甲斐がある博物館だと思う。
非常に高価で数が限られているものは、日本国内で見ることができないかもしれず、
それがどんなものか(大きさ・色・全体の形・質感・存在の意味するものなど)一生知りようがない。
実物を見た専門家が作ったレプリカを展示することによって、博物館に来た一般人は、
見て触ってたくさんの知識・情報を得ることができる。
一方、川越市立博物館は私の地元であるが、それは名ばかりで、
市は同じだけど家から2,3km離れている。私は駅の近くに住んでいるが、
市立博物館は駅から遠く離れた所の昔栄えていた川越城の真向かいにあるからだ。
しかし、その遠い道のりを自転車で延延と漕いで行って良かったこともあった。
蔵造りの立ち並ぶ道を通っていったことで、ジオラマを使っての解説員の説明が非常に
わかりやすかったのだ。
常設展示の最初のコーナー《近世》の小江戸川越の中央には、
川越城を中心とした巨大なジオラマが展示してある。11時から30分ほど説明して
くださった学芸員らしき解説員によると、城下町に住み船便を使って商売をしていた富裕な商人
たちが、鉄道敷設に反対したために南方の荒れ野原に線路を引き、駅を作ったそうだ。
昭和初期に鉄道輸送が盛んになると共に元城下町は廃れてしまったが、駅が出来たことで
荒れ野だったところに人が住み始めて商業地域になったというのだから不思議な縁である。
他に、江戸時代に作られた川越の町が敵に攻められないように工夫されていることや、
喜多院の発展の経緯、家光と川越の関係(江戸と川越の密接な関係)・家光と天海僧正の交友、
蔵造りの町並みの復元模型を使っての当時の様子などを説明していただいた。
印刷博物館と比べると、ガラスケースに入っている展示物(史料)はみな本物で、
レプリカというよりはジオラマが、それもとても精巧なジオラマがたくさんあって驚いた。
一人一人の人間の顔や動作が違っていて、蔵造りの建物にいたっては全ての建造物を調べて
その特徴を漏らさず形にしている。蔵作りはジオラマに留まらず、そのジオラマの両脇に
蔵造りの軒を並べて蔵造りの街を再現し、蔵造りの壁の様子や工程をほぼ実物大で設置している。
これを見ると、川越の人々が蔵作りを本当に大切な文化財だと思っていることがわかる。
《近・現代》近代都市川越の発展フロアの隣に、《原始・古代》川越のあけぼのと《中世》
武士の活躍と川越というフロアがある。 「川越のあけぼの」では船や装飾品、土器、
埴輪、壺、甕、刀剣、板碑などが展示されていた。展示物の説明が、そのものの名前と出土地
しか書いてなかったので、材質とか説明してくれないのだろうかと疑問に思った。
大抵ガラスケースに入っていて、それは仕方ないのだが、入っていないものが人の手の届かない
暗い窪みの奥に展示されていて、それが見えなかった。同じ所から出土したまるっきり
同じ円筒埴輪を6個も展示していることの意味もわからなかった。
また、大体説明の文字は大きくルビがふってあるのだが、たまに文字が小さくて読めない
ものもありこれは問題だと感じた。高いところに掛けてある説明文の文字はもっと大きく
するべきである。
「武士の活躍と川越」では、戦国時代に一時川越周辺を平定した大田道灌の生涯の映像
があって、時間も短くまとまっていたので結構楽しめた。
最後のフロア《民俗》川越の職人とまつりでは、蔵作りを建てる前の祭祀の様子の再現や、
毎年恒例の川越祭りの由来に関する映像を見ることができる。フロアを出てすぐのところに
ビデオルームがあって、川越に関する知識をより深めようという目的が伺えるが、
画面が非常に小さく、おまけに不鮮明である。周りの壁の外装もはっきり言ってダサい(個人的に)。
体験コーナーらしき部屋で、昔の遊び「独楽」を楽しそうにやっている大人数名がいたが、
あの輪に新規が入っていける勇気はない。
博物館の券とまとめて川越城本丸御殿の入場券も買ったので、見学した。
順路に従って歩くのはいいが、見せ所が欠けている。川越城の藩主名と前封地、
在城年代くらいの表しか書いてない。老中を多く輩出している城なのだから、
何を行った人だったとか、どういう考え方を持つ人だったとかを知りたい。
レプリカでいいから、在城期間中に残した文書などを公開して、その内容を説明してほしい。
後は本丸内の厠の説明もしてほしい。なんで便所の上にダンボールで蓋をしてあるのかわからない。
家老詰所の前のお庭は綺麗で、何人かの人が縁側で庭を眺めながら雨がやむのを待っていた。
ひょっとすると本丸御殿はちゃんとした博物館というよりは行楽性の強い観光地なのかもしれない。
家老詰所には3体の蝋人形があって、川越の町を指し示している。ここで政治がとられていたのかと思うと、信じられない思いもあるが、博物館の展示よりも本物らしい実感もわく。
印刷博物館のように最先端っぽい科学技術や、センスある凝ったデザインを備えてはいないが、
展示物の規模や質、楽しさ(学芸員の努力)などを総合すれば、
川越市立博物館プラス川越城本丸御殿は勝るとも劣らない良い博物館だと思う。
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