灰とダイヤモンド
STAFF
監督/アンジェイ・ワイダ
原作/イエジイ・アンジェイエフスキー
CAST
ズビグニエフ・チブルスキー
エヴァ・クジイジェフスカ
この映画は第二次世界大戦末、ポーランドに侵攻してきたドイツが敗北し撤退する直前の地方都市を舞台としています。まだソ連系共産党の支配を受けていない混沌とした時期でしたが、ソ連傀儡政府が成立しつつありました。
映画のはじめにいきなり、レジスタンス青年3人は、村を通り過ぎてゆく車を襲撃しました。乗員を撃ち殺したのですが、彼らが殺そうとしていた共産党地区委員長達ではなく無実の人でした。
大戦中、対ナチスレジスタンス運動をしていた主人公マチェク(ズビグニェフ・チブルスキー)は、ワルシャワ蜂起で多くの仲間を失っていました。そしてまた今回も、ポーランドの自由は奪われようとしていました。
彼らは、祖国の自由と仲間の復讐のために人殺しさえ厭いません。彼らの青年時代はまさに凄惨なる戦争でした。青春を人殺しに費やしてきたのです。
町に出てきた青年達は、上(市長)から下った任務を果たしたと思ったのですが、ホテルで偶然にも共産党地区委員長に出くわしてしまいます。暗殺した人物が間違いだとわかると、もう一度任務を遂行しようとします。
一人の若い青年マチェクは、政府側の要人シチュカの暗殺という任務を再び命令されました。しかし、党書記が泊まるホテルの隣室を借り、機会を窺うマチェクは、ホテルのウェイトレス、クリスティナ(エバ・クジジェフスカ)に一目惚れしてしまいます。シチェカの動向を窺いながらも、クリスティナへの接近を図り、思いもよらず情事を持ってしまいます。関心のなさそうだったクリスティナに「部屋で待っている」と言って期待はしていなかったものの、戦争や暴力という時代が時代ゆえに、つれない男達に振り回されて悲しい思い出を背負った彼女は部屋を訪れます。マチェクは、自分の人生について考え始め、愛のために人生をやり直したいと思います。
その後、彼らは夜道を歩き、墓の方へ行きます。クリスティナは墓に彫ってある文を、蝋燭を掲げて読みます。
松明のごとくわれの身より火花の飛び散るとき
われ知らずや、わが身を焦がしつつ自由の身となれるを
もてるものは失わるべきさだめにあるを
残るはただ灰と、嵐のごとく深淵におちゆく混迷のみなるを
永遠の勝利の暁に、灰の底深く
燦然たるダイヤモンドの残らんことを
チプリアン・カミユ・ノルヴィッドの弔詩「舞台裏にて」
クリスティナ「きれいね。灰の底深く、ダイヤモンドの残らんことを。……私たちは何?」
マチェク「君か? ダイヤモンドさ」
マチェクとクリスティナは、地下墓地の奥へ入っていきます。そこは、荒れ放題のようで、十字架が天井から逆さ吊りになってわずかに揺れています。十字架を真ん中に配置し、右手にマチェク、左手にクリスティナが対峙している様子は、二神教的な要素を感じます。善と悪。正しい生き方と、そうでない生き方。彼らの運命は相容れずに、最後の審判の時に神に裁かれるような、そんなイメージです。
逆さ吊りのキリストを前にして、マチェクは言います。
「あのね。変えてみたいものがある。生き方を変えたい。うまく言えないけど
」
「いいわ。大体わかる」
「生き方を変えたい。今から普通に生きたい。今わかったことが
昨日わかっていたら..... 人殺しはもういやだ。生きたいんだ。」
しかしマチェクには時間がありませんでした。明朝までに、共産党幹部を暗殺しなければならなかったのです。
シチュカが一人で夜道を歩いている時に、マチェクは真正面から出てきて銃で撃ち殺します。
シチュカが前のめりに倒れてきてマチェクに抱きつきます。
―ああ、やってしまったのだ、人生をやり直そうと思ったのに。
彼は、年長者のレジスタンスの所に行こうとしますが、置いていかれてしまったようでした。また、もう一人のレジスタンス(任務をしないと裏切った)には、姿を認められて「マチェク、マチェク〜」と追いかけてきます。逃げるのに必死になって、兵にぶつかってしまい、逃げる彼は撃たれます。
洗濯物の白いシーツがたくさん干してある所に逃げ込んで、兵士達を撒いた後、シーツに染み渡る赤い血は、白黒ながら鮮明です。彼は喘ぎ、よろめきながら、どこかへ逃げようとします。瀕死の重傷を負いながら、ゴミ捨て場で苦しそうに歩いていますが、どこか楽しげにも見えるところが恐いです。そして、とうとう虫けらのように腰を丸めて息絶えます。
マチェク達に事情があるのと同じように、シチュカにも自分の息子のことなどのエピソードがありました。また彼らレジスタンスに間違えて殺された2人の遺族の会話なども聞こえてきたり、死体を地下墓所で発見してしまったりする(らしい)シーンもあり、それらがマチェクの生き方を自身に考えさせるきっかけとなったのでしょう。
しかし、彼は自分の生き方を変えることが出来ませんでした。祖国の自由は守りたい。だけど、そのために殺人なんて・・・。毒をもって毒を制するようなことです。何が正しいかなんて、誰もわからない。だけど、彼は愛のために生きたいと思いました。クリスティナに真実の愛を見出せたのです。戦争よりも暗殺よりも素敵な生き方が、この汚れた時代に横たわっていたとは思えないけれど、でも一応の安寧は得られたかもしれません。しかし、どちらを選ぶかは、時の運なのでしょう。
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